最高裁判所第一小法廷 昭和23年(オ)90号 判決 1953年5月07日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人等の負担とする。
理由
上告理由第一乃至第三点及び第八点について。
上告人は本件硬山は鉱業法三条にいう廃鉱に該当するというが、原判決によれば、「廃鉱とは、鉱業権者が一度採掘した鉱物を、廃物として所有権を抛棄したものが、年月の経過によりまだ採掘されないような状態をなし、且つその品質数量等が再び採掘するだけの鉱業上の価値を有するに至つたものをいうのであつて、本件硬山のように廃炭が土砂等の混つた貧鉱ではあつてもこれを選別すれば選別炭(特殊炭)と称して燃料として使用することができ、ただ普通は採算がとれないため鉱業権者がこれを坑外に搬出放置して置くにすぎず、戦争等で値段が騰貴したような場合には利用価値が出るので再びこれを利用することがあることは一般に知られているところであり、現に最近では選別炭が公定価格まで定められて取引の目的とされている実情である。上告会社でも本件廃炭はこれを他日利用できるときは利用することを予想しつつ自分の所有地である場所に搬出して放置しておいたものに外ならない。かかる廃炭は通常その所有権を抛棄するということはあり得ない。しかもこれが抛棄のあつたことを窺うべき特殊な事情の疏明はない。却つて上告会社は本件硬山を前に一度訴外石沢広に無償譲渡したことがあり、後に同人からこれを取戻して上告人一男に譲渡したことが疏明される。かような譲渡は本件硬山が自分の所有であることを考えての上でなければ通常やらないことであるから、それらの事情によれば、上告会社は唯本件廃炭を永年に亘り搬出して自己所有地に放置して置いただけでこれに対する所有権は抛棄しなかつたものと認めるのが相当である。されば本件硬山の所在地が約三千坪が一丘陵をなしている大量のものであることも疏明されているのであるがこれによつて、本件硬山が上告会社所有の廃炭の堆積されたものに過ぎないのであり、従つてその動産たることを左右することはできない」旨を判示して、本件硬山を廃鉱なりとする上告人等の主張を排斥したのである。そして右原判決の法律上並びに事実上の判断は、前審として一つの事件に関し、一定の事項につき、終局的確定の目的をもつて判示した自らの裁判の内容には拘束される関係にあるのであつて、当該事件を破棄差戻後の判決に対する上告として、さらに再び審判する場合においても、特別の規定のない限り(民訴一九三条ノ二参照)、これを変更することは許されないものと言わねばならぬ。なぜならば、元来訴訟は当事者間に存する争訟を裁判により終局的に解決することを目的とするものであるからである。
されば、論旨は、前の上告審の判決が判示した法律上及び事実上の判断の不当を非難するに帰するものであるから、すべて採用することを得ない。
同第四点について。
所論は現在の最高裁判所の構成組織を論難するに過ぎないものであつて、直接原判決の違法を指摘するところがない。それ故上告適法の理由に当らない。
同第五点について。
裁判所法四条、民訴四〇七条二項等の規定で、各個の事件について上級裁判所のなした裁判における判断が当該事件に関する限り下級裁判所を拘束する旨定めていることは所論のとおりである。しかしこれらの規定は、同一事件で差戻判決のあつた場合などにおいて上級審と下級審との間に、法律上又は事実上の判断につきその見解を異にし相互に相譲らないようなことがあれば、事件の終局的解決を得られない結果となるので、これを防止する必要のため立法上とられた措置に外ならない。すなわち裁判の誤謬を是正し、裁判に対する国民の信頼を確保することを目的とする上訴制度とそれに即応して認められた審級制度との本旨に鑑み、かかる場合においては下級裁判所は上級裁判所の意見に拘束せらるべきものとしたのであつて、下級審の裁判に対する制約であること勿論であるがその合理的根拠を有することも多言を要しないのである。のみならず下級審は上級審の判断の正当なることを認めこれに従つて裁判をなすことが通例であるから、上級審の裁判にかかる拘束力を認めたとしても常に必ずしも所論のように下級審裁判所の裁判官をして良心に反してその職務をとらしめる結果を招来するものとはいい得ないのである。しかも本件において原審が前の上告審のなした差戻判決における法律上並びに事実上の判断に従つて判決をなしたものであることは前説示のとおりであるが、右は原審裁判所の裁判官が、前掲上級審の裁判に拘束力を認めた法規その他所論憲法八〇条の規定等により所論のような心理的影響を蒙り、その良心に従い独立してその職務を行い得なかつた結果であると認むべき証跡は存在しないのである。されば所論はその前提を欠き論旨は採用に値しない。
同第六点について。
原審が本件硬山は上告会社がその所有にかかる動産である廃炭を永年に亘りその所有権を抛棄することなく自己所有の地上に放置して置いたものであるとの事実を確定し、鉱業法三条にいわゆる廃鉱に当らない旨判示したものであり、その判旨の違法でないことは前説示のとおりである。されば本件硬山が廃鉱たることを前提とする所論は採用することはできない。
同第七点について。
所論は事実審の裁量に属する証拠の取捨判断を非難するものであり、上告適法の理由に当らない。
同第九点について。
原審は被上告人の本件硬山の所有権確認並びに搬出妨害禁止の請求を保全するため、仮の地位を定むる仮処分として被上告人において金五万円の保証を立てることを条件として、上告人等に被上告人が本件硬山の廃炭を搬出することを妨害してはならない旨の命令をなしたのである。そして右仮処分が所論のように本案である本件硬山の所有権確認並びに搬出妨害禁止の請求事件で勝訴の判決が確定したのと同一の結果を実現するものでないことはその内容自体に徴して明らかである。それ故、原判決の理由説示の当否はともかく、右と反対の見地に立つて本件仮処分の内容が請求保全の目的を逸脱するものであるとなす論旨には賛同することを得ない。
よつて民訴四〇一条、九五条、八九条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔)